さんさく日記

お寺めぐりや学んだことを記します。

会話することは相手を愛すること

私の中で、人との会話はとてもリアルで大切な時間。

 

リアルって言われると、どんな感じ?って思われるかもしれない。

 

それは、五感で会話することかもしれないと考える。

リモートではなく、実際に会って

場所、人、風景、食事、音など、その雰囲気すべて自分の肌で感じて相手の話を聞く。

 

その状況で会話すると、その人の人柄がより分かる。

 

それが嬉しい。

その反面、人間関係を築くのはすごく労力がいるけれど。。

 

「この人と会話して良かった」

「この人に自分のこと少しわかってもらえて安心した」

そう思ってもらいたい。そして、自分のことも話したい。

 

 

これは、私にとったらすごく神経が磨り減る。

人に必要とされたいと、強く思ってしまう私は、相手に時間を差し出すことができているのだろうか

と、何度も自分と確かめながら言葉をひねり出している。

だから、ゆっくり話が出来る人がありがたかったりする。

たまに、それに甘えてしまうから、相手の人が気持ちよく話ができたかどうか

あとで気になってしまう。

 

私の内向的な性格上リモートの方が本当は楽。

 

実際話すのは気を使ってしんどいけれど、それは大切な時間だと常々思う。

この人の前では、私がどう取り繕っても感じ取られてしまう。

素直でいてもいいかなとなる瞬間が訪れた時

生きててよかったって、一瞬でも、「はっ」とする感じ。

 

だから、自分の文化、思想、経済すべて含めて、どこか本来の自分で話してもいいと思える。

 

今この瞬間に出会っている人に抱き着きたいとたまに思うくらい

感謝してる時がある。

 

かなしいけど、言葉はそれ以上には伝わらない。

だから、気持ちを伝えることは、独りよがりになることある。

押しつけがましくないように気を付ける。

脳内擦り減っていく。しんどい。

 

だけど、大切だと思うから、誠実でありたいと思うから

頭も全部使って話してる。

 

一方で分かってもらえないとき、大切にされてないことに出会うとき

少し悲しくなる。

でも、「まいいか」って戻る。

 

もし、今の愛情がなくなったら離れるだけなんだ

人と話している時、こんなことがたまに頭の中をかすめる。